戦後の日本!見事な復興ぶりから高度経済成長を成し遂げた!

昭和20年8月15日、太平洋戦争が終わり、そこからの日本は恐ろしい戦争を傷跡を残したまま復興への道を歩み始めました。徴兵制度で、戦争に駆り出された男性たちが戻ってきて、自分たちの生まれ故郷の変わり果てた風景にさぞかし驚いたに違いありません。

戦争には必ず勝てる自信があった日本も、やはり次から次へと襲ってくるB29の爆撃には命からがら逃げるのが精いっぱいで、犠牲者も大勢出ました。その悲しみを抱えたまま、日本人は戦争が終わってやっと訪れた平和な世の中をどう生きて行くべきか、考えに考えました。

日本人は昔から「商人根性」は凄いものがあり、目的に向かってまっしぐらになる所があります。ですからどんなことが起きようとも、一生懸命生きて行く努力はしていました。

せめて自分たちの子供たちにはひもじい思いをさせたくないということで、当時の大人たちは、働きに働きました。ですから昭和20年代の後半になるとどんどん日本の戦後の復興が進んでいきました。

何といっても戦後の復興のシンボルは東京タワーと名古屋テレビ塔が建ったことです。そのお蔭で、テレビが出回るようになりました。テレビが出たばかりの時は、物珍しさで特設会場に設けてあるテレビを一目見ようと、市民がわんさか押し寄せました。

まだ昭和20年代後半~昭和30年代前半にかけて、テレビは高価な電化製品で、とても一般市民の手には届かないものでした。それがどうでしょう!高度経済成長期に入ると、テレビは白黒からカラーに変わって、一般市民のどこの家庭でも手に入るようになり、毎日見ることが出来るようになりました。

戦後の日本人の貧困生活は、テレビだけじゃなく、洗濯機や掃除機などの登場で生活面ではありとあらゆる進化で終わりと告げました。

その高度経済成長期の真っ最中に、私は生まれ、子供時代は何不自由ない生活をしていました。父親も高度成長期時代、若かったこともあり、一生懸命家族のために働いていました。ですから子供時代ひもじい思いをした経験はありません。

昔よりもかなり生活は豊かになってきた!でも貧困時代でもあるのだ

私が全ての学業を終えて、卒業し、社会人になってからは、日本人の生活とか、社会全体が変わりつつある時代でもありました。

学生時代、社会に出ても困らないようにと書類作成するために英文タイプライターを勉強していました。それが社会人になってからは、タイプライターはいつの間にか廃止され、パーソナルコンピューターに変化してきました。

営業マンやサラリーマンが外出するときに持ち歩くポケットベルもいつのまにか、自動車電話になったりと、どんどん変化していきました。

そればかりではありません。生活面では黒電話はプッシュ式の電話機に、そして洗濯機も二層式から全自動、ラジオ付きカセットもCDラジカセになるなど、使いやすく便利になっていきました。

電化製品はボタン1つですぐ動くし、建物も耐震強度のお蔭で徐々に丈夫になって安心出来つつあるのですが、その裏で貧困時代を迎えています。

この便利な世の中、貧困時代になってるのは何が原因しているのか、アナタ自身は分かりますか?今生活に苦しんでいる人達は意外にも多いのです。これは日本情勢に大いに原因があります!

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