日本の子供達は生活に不自由を感じなかった!それが私達の世代なのだ

昭和28年、NHKが本格的なテレビ放送をスタートさせた時は、画面が白黒でした。まだテレビが出た当初は、とても高価なもので一般市民の手の届く代物ではありませんでした。

ですが昭和30年代に入り、現在の天皇陛下がまだ皇太子時代だった時に、皇后陛下の美智子様とのご成婚の様子がテレビ中継されたり、また昭和39年、東京オリンピックの開会式がカラーで放送されるようになると、たちまちテレビは一般家庭に普及され始めました。

まさしく日本の生活様式は、アメリカ式に近づいていき、高度成長期時代を迎えることが出来たわけです。そういった時代の中、私は生まれて両親に育てられました。

私が幼稚園時代は、まだテレビは白黒とカラーの両方の放送で、本格的に全てがカラー放送になったのは、小学生になってからだと記憶しております。

アニメに関しては、「鉄腕アトム」や「鉄人28号」などが白黒で放送されていましたが、私はまだその時は生まれていませんでした。物心ついた時から、私の場合アニメはカラーで見ています。

小学生の頃は、私は何不自由ない生活を送っていました。近所にも沢山幼馴染がいましたので、学校から帰ればいつも暗くなる寸前まで皆と外で遊んでいました。遊んでいたと言っても、殆どが家の前でしたので、当時の母からしてみれば安心して私達を遊ばせることが出来たのです。

母にしても、近所の奥さんたちと毎日の様に井戸端会議していましたね。あの頃の母の顔なじみだった人たちの殆どが専業主婦でした。ですから子供だった私や幼馴染を遊ばせる傍ら、母たちは母たちで世間話に花を咲かせてたのです。

現代の様に、通り魔殺人だの、子供の連れ去りだの、見知らぬ人間にいきなり殴られることなどありませんでしたので、実にのんびりムードが漂っていた時代でもありました。

やはり高度成長期時代に生まれた子供達は、生活には何も不自由だと感じることはなかったと言えます。それが私達の世代なんです。

昔はパソコン、スマートフォン、ゲームなど家で遊ぶ娯楽品などありませんでした。竹馬、缶けり、ゴムとびなど、身近にあるもので遊具を作っていました。だから外遊びが多かったんです。

子供時代、一番よく遊んだのは堤防で、使い古しの段ボールで草ぼうぼうの中の坂を皆で滑り降りていくことでした。全然お金をかけずに段ボール1つで、遊んでいました。ですが、堤防の草むらで遊んでいましたから、服が草だらけになって、結構汚しました。

皆母親には、服を汚したことで叱られはしましたが、当時はあの遊びが楽しかったのです。只遊びに夢中になったばかりに、堤防の川にどぼ~んと落ちた子が実際にいまして、あれは驚きました。

私の子供時代は、ちゃんと学校に通えて、大勢でお金をかけずに生活品の身近なもので手作りの遊具を作ったり、おこずかいをもらって駄菓子屋でおやつを買ったりと実に毎日楽しい日々を過ごしていました。

両親には毎日1日3食食べさせてもらいましたし、身長が伸びて今までの服が着れなくなると必ず新しいものを用意してくれました。

今思えば私の子供時代の親世代は、若くてまさしく働き盛り、そして高度成長期のいい時代に丁度はまってたのです。ですから安定して働けたお蔭で、子供時代は何も不便を感じませんでした。

学校に行ってても「あの子の家は貧しい」って噂も一切ありませんでした。本当に私が子供の頃はのどか、平和で良い時代だったのです。

本当に懐かしい思い出、良い思い出が沢山詰まっている高度成長期です。