元々日本人は外国と比べたら働き者!だから戦後の復興に成功出来た!

第二次世界大戦・太平洋戦争で約80万人の日本人が戦争の犠牲者となり、何処へ行っても戦争の傷跡を残したまま何もかも失ってしまいました。でも凄く戦後の復興には素晴らしく立ち直っており、この基礎のお蔭で今も平和を保ち続けています。

何故日本はこんなに戦後の復興に成功出来たのでしょうか?やはり戦後生まれの私としてみれば、両親から聞かされた「裸一貫」からのスタート精神があったからでしょうか。

あれほど激しい爆撃を受けながらも、日本は戦後約20年ほどで素晴らしい復興を成し遂げています。代表的に挙げられるのが、昭和30年代後半には国内で初めて高速道路や新幹線などを開通させ、交通の便がよくなりつつある元祖になりました。

そして昭和39年秋にはこれまた国内初の「東京オリンピック」が開催され、日本人選手の活躍がテレビで放送されて、人気度アップになりました。

昭和45年には「大阪万博」が開催し、戦後25年後の大きな節目として、日本はまさしく高度成長期に入っていきました。

戦後直後の日本は「戦後復興期」と呼ばれ、とにかく大人から子供まで只ひたすら生きて行くことに前向きになっていました。ですから大人たちは一刻も早くこの戦後の貧乏のどん底から這い上がるために頑張ってきました。それが両親の話してた「裸一貫」なのです。

確かに戦争で多くの犠牲者は出ましたが、当時の若者がどんどん結婚していったお蔭で、現在の団塊世代の人々が生まれました。そこから一気に子供の数は増えて、元々勉学熱心な日本人は、子供たちには十分な教育をさせようと必死になります。

それから戦争で焼け野原になった所々に新しく建物が建て始め、家を持てる家庭も増えて行きました。道の舗装工事なんかもありました。

日本人のいい所は、他の国と比べて働き者なところがいいのです。一生懸命働けば、いつか必ずそれが努力が実って、報われる時が来ると強く信じていました。

それがどうでしょう!やはり日本人は戦後から一生懸命働き、努力し続けたお蔭で高速道路や新幹線を開通させたり、オリンピックや万博まで開催するまでになったのです。

それに主婦の生活だって随分変わりました。ほうきで部屋をはいていたのが掃除機になり、桶に水を入れて洗濯板使ってゴシゴシ洗ってたのが、洗濯機になり、そして何より今までラジオが娯楽だったのに、テレビの登場で、家族で楽しめるようになるまで進歩したのです!

まさしく両親の「裸一貫」からのスタートの意味合いが今となってはよく理解出来ます。両親の若い頃はとにかくひたすら働いて、生活を豊かにしていこう!と常に努力していたのです。それはやはり戦争で子供時代、生きるか死ぬかの怖い思いをしたからこそでしょう。

しかし、日本人って全体的に凄い根性持ってますよね。自分も日本人ではありますが、とても両親やその復興時代を生きてきた当時の人達の真似は出来ません。

只言えることは、戦争の復興から生活が豊かになるまでに出来たのは、当時の日本人が全員力を合わせてやってきたから、ここまで成功出来たと私は思います。

ですから「日本人は働き者」風習が今でも受け継がれているんです。